山崎千恵

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絵画の内と外

絵画の内と外 山崎千恵展

ご挨拶

 かつて、当館で、「鈍牛庵の夜長」展という若手作家達の企画展をおこなったことがあります。その折、金色のナイロン糸で庭に巨大な繭か蜘蛛の巣のようなものを張りめぐらせた作家が、今回ご紹介する山崎千恵です。

 当時、彼女の繊細な感性のテンションと、8月の炎天下に旬日をかけて数キロメートルにおよぶ糸を張りめぐらしおおせた意志力とに、注目したのですが、表具における和紙と墨との出会いに自己表出の可能性を見出した彼女は、その後10年余りの職人的修養時代をへて、絵画における「画面と額縁との相克」というふるくてあたらしい懸案に対して、ごく上質繊細な古典美をあたえることに成功したようにおもわれます。

 岩田洗心館の本館や鈍牛庵の書院茶室などを舞台に、「表具の作品化」という1%の革命と職人的技量とによって「99%古典」の再生をめざすこのたびの企画展に、是非ともご来場いただけますよう、お待ち申しております。

平成17年10月吉日

(財)岩田洗心館 館長
岩田 正人

 平成17年
 10月21日(金)~11月27日(日)
 午前10時~午後4時
 *木曜日・11月3日(祝)は休館
 *土・日・祝日は6時まで開館
 財団法人 岩田洗心館
 〒484-0081 愛知県犬山市大字犬山字富士見町26番地
 電話 0568-61-4634

目録

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INTERVIEW
【現代美術再考-古典の美に挑む-】
聞き手/(財)岩田洗心館:武藤紗絵
2005/10/16

Q.学生時代は油絵を専修してみえたそうですが?

嗜好的には、油絵の具という材は性に合わず、日本的な素材や技法の方が肌に合うところは昔からあったが、出来るだけ自由な自己表現の可能性を求めて油絵科に入った。

在学中から、支持体(地)への関心が高く、学生時代の創作活動は、支持体づくりから、支持体をみせる作品づくりへと移行していった。後期に入ってからは、具体的には、自ら拾ってきた廃材を、磨き組み立て直したものを支持体に利用し、その上にアクリル絵の具を使って透明なガラス瓶を描いている。以降常に「いかに支持体自体を活かした見せ方をするか」ということを意識して作品づくりを続けていた。

Q.1995年に岩田洗心館で発表されたインスタレーション作品は、一見、それまで作り続けてみえた作品とまったく異質なもののように見えますが?

あの時は、それまでの廃材にビンを描く活動が行き詰まりはじめていたこともあり、新しい道を探る意味で、それまでこだわり続けてきた平面の世界から離れて、立体的空間も試してみようと、自分の作品発表の場に庭園を選択するところからはじめた。

何度も洗心館へ足を運び庭を眺めている内に、地面がすり鉢状に内から外へ向かって盛り上がっていることに気がつき、その形状の面白さを活かそうと考えはじめた。それまでの創作活動の中で、立体から面を取り除いていったときに最後に残る”線”というものに興味を持つようになっていて、その”線”というものを、三次元の空間の中で表現する方法を考えたとき、あの金色の糸を思い付いた。2、3週間かけて糸を張りめぐらせたが、作品の制作過程で色々な予想していなかった効果が生まれ、結果的に面白い作品に仕上がったと思う。

Q.その時の日本庭園との出会いが、後に表具に巡り会うきっかけになったと伺っていますが?

日本庭園というのは、普段の生活の中にはほとんど接点のない空間で、その形状や、木の剪定の仕方ひとつをとっても、新鮮で不思議なものに感じられた。また、置き石にしろ庭木にしろ、庭園内の物体間に奇妙な緊張感が存在することや、立体空間でありながら家屋の内側から絵のように鑑賞されるという平面的要素も持っていること、などにも興味をそそられ、日本文化について知識を深めるきっかけになった。

当時は日本庭園について書かれた本があまり手に入らず、実際に京都へ通い足で庭園を巡ることからはじめた。

二年半近い時間をかけて学んだ庭園の形式の中で、自分が最も共感したのは枯山水の世界観であったが、あるとき、自分が作品の中で志している凛とした緊張感のようなものは、枯山水の庭園の中に限らず、日本文化に共通の美学として、至る所に存在しているということに気がついた。

そこから、日本文化という幅広い世界の中で、自分が吸収し、表現できるものは何なのか、ということを意識するようになった。日本文化の精神を学んでいくうち、床の間という空間に出会い、関心を持つようになった。床の間という場所は、三次元の空間であるにもかかわらず、定まった位置から区切られた空間を拝見する、というありかたが二次元的で興味深く、また茶室という空間が持つ緊張感が一所に集約されているようにも感じられる場所であった。その中にあって、掛軸というものは、その緊張感を生みだしている特に力を持った存在のように思われ、そこへ意識が集中した。

もともとすべてにおいてそうなのだが、何かに関心を持ったとき、その原点までさかのぼって物事を知ろうとする質で、このときも、まず表具の素性を探るところからはじめた。そこに描かれているものよりも、掛軸の形態そのものに関心を持ち、表装の技術を学びはじめた。

Q.今までに作ってこられた作品のほとんどが、山や林などの風景を題材にした絵を本紙に描いておられますが、最初は描くものが定まらず苦労をされたそうですね?

絵を描くよりも先に表具の技術を習いはじめたが、最初から作品をつくるのだという意識をもってはじめたことだったので、表装する対象(本紙)がないことには先へ進めないところがあった。

最初はそれまでと同様にガラス瓶を描くつもりでいたが、瓶というモチーフに、本紙に描き、軸に仕立てるだけの意義が見出せず、行き詰まった。

もともと風景画に関心を持ったことはなく、それまでもとりあげて描いたことは無かったが、あるとき雪山で見た景色が、構図的に面白かったことをきっかけに、はじめてモチーフに採用した。

風景は水墨画に良く登場する題材だが、伝統に倣ったわけではなく、構図の面白さから取り上げたものがたまたま風景だった、というだけのことである。(c.f.作品十七)

Q.水墨画というジャンルに絞って絵を描き始められたわけは?

ものを描くための素材として自分が選択したのは、もともとデッサンなどの白黒で表現する世界に親しんできたこともあって、色とりどりの顔料よりも「墨」と、本紙には、絹よりも質感的に好んだ「和紙」とであった。そうして、選択した素材から自ずと作品の枠が「水墨画」に定まったもので、これもはじめから「水墨画」を意識して撰んだものではない。

水墨画についてもいつものようにその起源から学びはじめ、実物を見に故宮博物院まで足を運んだが、運筆で表現する水彩画の手法にはとらわれることなく、自分にとってごく自然な流れの「墨は線を描く道具ではなく、”墨色”である」という考えで作品づくりに臨んできた。

墨と和紙は、はじめて扱うもので、その善し悪しさえ見分けられない状態からスタートしたため、本を読み、生産地を訪れ、時間をかけて色々と調べた。それから、実際に作品づくりにとりかかる前には、その性質についても色々と自ら試行錯誤して紙と墨、あるいは墨と硯の相性や、その性質などについても事細かに情報をとった。自分は素性の知れないものを知れないまま受け入れることが出来ない性格のようで、いつも何かに取り組もうとするときには、先ずそれに関わることやものについて、一から自分の納得が行くまで調べ直す時間が必要になる。

Q.表具といっても、山崎さんの場合、裂地は一切持ち込まず、紙表具の作品のみ作ってお見えですが、なにか紙表具に特別なこだわりを持たれているのでしょうか?

自分の作品の中において表装部分の持つ役割は、従来のように本紙を装飾し保存するためにもうけられた額縁的なものではなく、あくまでも自らの手がける作品の一部であって、本紙の延長線のようなものである。本紙に連続しているものが本紙と同じ素材であるのは、自分の中ではごく自然なことだと思っている。

Q.表具という古典の世界へ現代美術作家として足を踏み入れることに抵抗はありませんでしたか?

歴史の積み重ねを持つ表具の世界において、そういった決まり事に則らない、自由な創作活動というのは、やはりその世界の愛好家の人々からすれば抵抗のあるものだと思う。同時に、それまで自分が身を置いてきた現代美術の世界においては、表具の職人的世界は、活動分野外として軽視されがちなところがあり、自分はその狭間の不安定なポジションに身を置き続けなければならなかったところはある。

Q.そういった現代美術と職人世界との狭間に立ち続けている理由はなんなのでしょうか?

もともと自分は、現代美術にこだわりながら、一方、職人的な生き方にも共感するところが多く、保守的な面をもっていた。表具の世界にのめり込んだのも、表具師という職人の、「紙、水、糊」というたった三つの素材を究めることによって、いかに真っ直ぐで美しい掛軸を仕立て上げるか、ということに精魂を傾ける謙虚な生き方が、とにかく興味深かったからだ。

一方、彼等の決められた枠の中から外に出ようとしない、必要以上に保守的な姿勢には、もの足りなさを感じるところがないと言えばウソになる。なぜなら、世の中には、生みだし、守り、次の世代へ伝えていくべきものやことがあり、そのためには、常識とよばれる既存の価値観や基準といったものと常に新たな気持ちで向き合い、その意味を問い続ける必要がある、というのが自分の考え方で、ただあるものを守るだけ、あるいは、ただあるものを壊すだけ、というどちらの存在の仕方も、行き着く先は袋小路なのではないか、という懸念を抱いているからだ。

学生時代から常々、現代美術の独り善がりになりやすい体質に不安を感じてきたが、今、それは現代美術の在り方自体に問題があるからではないかと考えていて、さらにその問題解決の糸口は、それ自身の中にはないのだと自分は感じている。ただ自己の表現ばかりを意識し、既存の価値観を壊し真新しいものを求めることだけに躍起になっていては、このまま行く先を見失って現代美術は衰えゆくばかりになってしまうかもしれない。そういう意味では、同じものづくりに携わる人間として、広く学ぶ姿勢を持ち続けてもらいたいとおもう。

Q.今後の活動の中で、目指していきたいことがあれば聞かせてください。

技術を磨くことはもちろんだが、職人世界との関わり合いの中で、お互いをたかめあう関係をつくっていきたい。違う視点の人間が接点を持つことによって、何か新たに見えてくるものがあるのではないかと思う。

自分は、後世に本当に「よいもの」「美しいもの」を残すためにならば、どんな努力も惜しむべきではないと考えているし、今後も幅広い視点でもって、色々な可能性を探っていきたいと思っている。

また、日本文化がもつ装飾的価値は再評価されるべきもので、自分の作品を通して、そういったことも訴えていければ、とも考えている。

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